最新情報


マンガで教養 やさしい日本史』(朝日新聞出版)が出版されました!

マンガで教養 やさしい日本史

内容紹介

もしも日本史上の偉人が、現役高校生として転生したら……!?
3年R組を舞台に、歴史上の出来事や人間関係などをマンガを通して解説。
さらに説明文やチャート図で、最低限知っておきたいポイントも網羅。
ファッション、アート、文化など歴史トリビアも充実。
みかめはマンガパートとイラスト全般を担当しました。
読み物ページも充実し、ボリューム満点。
日本史を通史で学びたい方に最適の一冊です。

マンガで教養 やさしい日本史』 本郷 和人 監修
ISBN:9784023332423
定価:1296円(税込)
発売日:2018年10月19日
四六判並製   256ページ

サンプル4コマはツイッターのモーメントをごらんくださいませ。


新着情報

NHK大河ドラマ『真田丸』ワンポイント3話目「くるみゴリゴリは丹波昌幸オマージュ」

3回目

クルミシーン、NHK新大型時代劇『真田太平記』で丹波哲郎扮する真田昌幸が地炉ノ間にてカチカチしていたのを思い出します。このときの信繁(幸村)役が草刈正雄。何十年かして再び真田家が大河ドラマになることがあったら、今度は堺雅人が昌幸役になるかも…!?

西股総生先生のワンポイント講座の全文はこちら

ブログ=http://ameblo.jp/team-nawabaring

fb=https://www.facebook.com/teamnawabaring/

第3話、真田太平記のオマージュがちょろちょろ。
兄弟の差が見えてきましたね。
信幸、昌幸にはめられて、寿命が20年減った感(それでも93まで生きる)

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 主家・武田家を滅ぼした織田家に付く決心をした昌幸。ここから真田家は、大勢力の中で命がけで生き抜くことを余儀なくされていきます。

 

というわけで『真田丸』ワンポイント3回目でした。

大河ドラマのおともに、『ふぅ~ん、真田丸』もぜひどうぞ!


『ふぅ~ん、真田丸』 重版決まりました。

出版から1ヵ月、嬉しい報せが………!

ふぅ~ん、真田丸

『ふぅ〜ん、真田丸』 重版が決まりました!

初めての単著、大好きな真田、そして重版…それもこれも皆様のおかげです!

ありがとうございます。

重版に合わせ、ちょこっと修正しました(内容の修正はありません)

 

まだ読んでないよという方、この機会にぜひ!


NHK大河ドラマ『真田丸』ワンポイント2話目「勝頼様、最期の夜は雑魚寝…」

2回目

1回目の放送後、はかなくて美しい様子から「悲劇のヒロイン…!」と話題を独占した武田勝頼。ドラマでは描かれませんが、最後の夜はこんな感じで雑魚寝していたのではないでしょうか…!? という妄想の一枚。

2回目参考画像

そして小山田信茂も、ログアウト…

以下、NHK大河ドラマ『真田丸』戦国軍事考証の西股総生先生のワンポイントの引用。

ちなみに『甲陽軍鑑』によれば、勝頼一行が最後の夜を過ごしたのは普通の民家、主従十数人での雑魚寝だったらしい(;_;)

 

西股総生先生のワンポイント講座の全文はこちら

ブログ=ameblo.jp/team-nawabaring

fb=facebook.com/teamnawabaring/

 

『真田丸』2回目、視聴しました。

勝頼自刃。武田家滅亡。真田家は小県領主として独立の道を歩むため、
上杉でも北条でもなく、敵であった織田家に臣従する選択をしました。

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拙著『ふぅ~ん、真田丸』でも、昌幸は堂々と織田につくと宣言しています。

生きるために最善の選択をする、そんな真田家の強さを垣間見ることができる回でした(そして家族漫才も面白かったです)

 

というわけで『真田丸』ワンポイント2回目でした。

 

大河ドラマのおともに、『ふぅ~ん、真田丸』もぜひどうぞ!


真田幸村落ち延び説は佐賀にも!?肥前名護屋の「サエモンサマ」

肥前名護屋城周辺の大名陣跡に、真田幸村の墓かも!?と言われている「サエモンサマ」なる史跡がある…という情報を聞きつけ、行ってきました佐賀県。

「サエモン」とは真田幸村(信繁)の官命「左衛門佐(さえもんのすけ)」のことなのでは!?というわけです。

肥前名護屋城歴史ツーリズム協議会の田中さんの案内の元、まずは肥前名護屋城を堪能(こちらは別記事にて)。

そしてサエモンサマとご対面です。

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真田昌幸の陣跡の裏山をずんずんと登っていく田中さん。

ちょっとわかりづらいところにあるので、のぼりを立てる予定だそうです。

肥前名護屋城のすぐそばの道の駅にも行き方を記した地図がありますので、行かれる際はチェック!

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これが地元の方に「サエモンサマ」と呼ばれているお墓です。特に文字が刻まれてはいませんが、近くの塔に「寛永十年」(1633)と彫られているとのこと。

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地元の方は真田幸村のお墓だと思っており、お彼岸にはお供え物をして供養しているのだとか。

肥前名護屋城を巡るついでに、「サエモンサマ」に手を合わせてはいかがでしょうか?

↓ゆる~~い「サエモンサマ」が登場する4コマ漫画『ふぅ~ん、真田丸』もどうぞ!

 

 


肥前名護屋城探索その1

肥前名護屋城歴史ツーリズム協議会の田中さんの案内の元、肥前名護屋城を堪能してきました。

 

城めぐりの前に、名護屋城博物館で知識を蓄え、タブレット端末を借りました。

入館料およびタブレットは無料です。

 

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観光案内所から坂をのぼり、すぐに見えるのが城のかげ溜池。

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そして大手口から東出丸を望む坂でタブレットをかざすと、この通りCGで再現された肥前名護屋城を見ることができます。

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こちらは登板坂の左手の石垣。

割普請された跡がはっきりとわかりますね。(真ん中あたり雑です)

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肥前名護屋城は一国一城令によって人為的に破却されました。石垣にその名残を見ることが可能。大坂城に匹敵する規模の縄張りを持つ城で、ここまで破却された当時の面影が残っている城はまれ。当時を偲ぶことができる貴重な城だと思いました。

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このようなくさびを打った跡は随所に見られます。グッときますね。

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本丸大手門はタブレットのARを押すと、記念撮影ようのフレームになります。

こちらは伊達政宗が仙台青葉城の大手門として移築したのだとか。残念ながらこちらは第二次世界大戦で消失。肥前名護屋城の近くの道の駅に、当時の写真が展示されています。

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天守台跡と、天守台横の崩れた石垣。ファンタジーのような光景。天守は唐津城に一部移築されたとのこと。

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個人的に大ヒットしたのは天守台から見下ろした遊撃丸。ここに使者を迎え入れたということですが、そびえ建つ天守の真下。絶対威嚇するマンじゃないですか~!!しかも喰い違い虎口。これは恐ろしい…

 

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肥前名護屋城は天守の位置が変わったとのこと。はじめは本丸から北の、馬場を見下ろす位置にありました。旧石垣は埋められていたそうです。遊撃丸の位置関係、海からの見え方から察するに、より秀吉の威光を示すに相応しい位置に移動したのではないかと想像できます。

 

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井戸もしっかり石垣が組まれてますね。中にはこんなにも大きな石垣があります。

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二の丸には合坂という階段状になった石垣があります。登ることも可能。

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搦め手も侮ることなかれ!絶対敵入れないマンな喰い違い虎口がすばらしいです。

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肥前名護屋城の石垣はほぼ野面積みで角が人為的に破却されていますが、搦め手側には算木積みが見られました。

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馬場の崩壊した石垣の中に、くさびが折れたまま放置された石垣を発見。

これはめずらしい!

豊臣秀吉は天守の横に山里曲輪をつくり、普段はこちらで茶や能を楽しんでいたのだとか。そちらについては別の記事にて。

 

地元の方に真田幸村の墓と言われている「サエモンサマ」についてはこちらの記事をどうぞ。

 

↓真田幸村が肥前名護屋城に滞在した期間も登場する4コマ漫画『ふぅ~ん、真田丸』もどうぞ!


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